nagoooya(なごーーや)

このブログは30代サラリーマンが名古屋で生きる日々をつづったブログである。(予定)

頚椎椎間板ヘルニア手術の体験記【手術直後〜退院まで】

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緑色サイ太です。

頚椎椎間板ヘルニアの手術の体験記の続き。

ちなみになぜ頚椎を痛めたのかは、未だに不明です。
激しいドラムプレイをする訳でもなく、ヘッドバンキングとは程遠い人生。

スポーツなんてほぼしないので悪くすることもなく、首を痛める理由がわからないんですよね。
強いて言えば姿勢が悪かったことぐらいですが、そうは言ってもずば抜けて悪かった訳ではなく、人並みだと思います。

ただ歳を取ってくるとなりやすい病気のようです。
いつなるかはわかりません。ならない人は一生ならないと思いますが、首は大事に。
背筋を伸ばした正しい姿勢を心がけたいですね。

頚椎椎間板ヘルニアの手術直後から退院までの体験記

発症から手術までの話はこちら。

www.nagoooya.com

続きです。

翌朝までの戦い

手術後、目覚めた部屋は集中治療室。術後1日はここで過ごす事になってました。
時計がないので今の時間もわからないまま、うとうとして、色々と苦しくて起きて、またうとうとするそんな繰り返しを朝まで。

長かった。ちょっと寝て起きてを繰り返すので、時間の感覚がなくなる。2日ぐらい寝てるような感じ。

1番辛いのが動けない。動かせるんだけど、動いてはいけない。これがなかなかキツイ。時間が経つにつれ、本当にキツイ。
そして、骨盤を切り出すために右の腰の部分を切った傷の痛み。痛さとしたはこれが1番ズキズキして痛かった。

喉を切った事もあり、唾が飲み込み辛い、飲み込む幅が狭く感じる。幅が狭く感じるせいか、なんか息苦しい、呼吸がし辛く感じる事も。まぁ、気のせいでしたけど、一旦気になると自分がどう呼吸してたんだっけとなりより辛くなる感じ。

あとは、色々なコードや管や。身体のあちこちから伸びているのも気になる。心拍や心電図のコードや、点滴、足には血栓予防のフットポンプもあったり。

中でも一番気になるのが、トイレに行けないのでしょうがないけど、おしっこの管
これが一番不快。気になりだすと止まらないので、気にしない、あえて傷の痛みに集中したり。気を散らしました。

部屋の温度は看護士さんが適宜調整してくれたので、快適な室温を感じて、無理矢理眠ってみたり。でも熟睡は出来ずにすぐに起きて。
手術後、主治医の先生が2回ほど様子を見にきてくれて、水を少し口に含んでも良いですよって許可をもらったり、傷とかの術後の観察など。
水で口を湿らせるだけで、少し喉の渇きというか不快感は軽減されて、それだけでもちょっと眠れた気がした。
一番眠れた気がしたのは、さらに傷の痛みが気になり、追加で痛み止めの点滴をしてもらった直後。痛みがスッと引いて眠れた気がした、それでも熟睡は出来なかったけど。

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悪夢なのか良い夢なのか、記憶に残ってるのは、左手で操舵、右手のナースコールがアクセルのような感じで、このままベッドごと走り出す夢
頭の方が先頭で、ナースステーションの前を駆け抜け、病院の中を走り回っていた。

途中で気づいたのは頭上の心拍とか心電図とかの数字が表示されてる機械の端っこに時計があること。
7時を過ぎれば先生が来て、起き上がれるかテストするということを聞いていたので、そこを希望に夜中を過ごしました。
早く7時になれ!と。とにかく同じ体勢なのが辛かった。

その中でも、一番の強敵が現れたのは5時半過ぎ
ずっと真っ直ぐに寝たままの、少しも体を動かせない状態が続いたせいで、腰が、腰が限界に

首はなんとか耐えれたけど、横を向くことはもちろん、体を捻ることも出来ない腰が攣りそうなぐらいピキピキと。
看護士さんを呼んで腰が、腰が限界です・・・と訴えても先生の指示がないと姿勢を変えることは出来ないと。
温めて様子を見ることにしたけど、それはホントに気休め程度にしかならなかった。もう今にも攣りそうな状態、極限。

足を少し動かせたので、膝を立ててみたり、伸ばしてみたり、何とか工夫して6時半、もう限界。僕の腰はどうにかなってしまうと。この状態で攣ったりしたらどうなるんだという恐怖と限界の中、何とか7時を迎え、早く、早く先生来てくれと祈ること数分、先生到着。経過を見てもらい、何とかギリギリの中で横向きの体勢になれました。

本当にあの1時間ちょっとが辛かった。

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それから頚椎カラー(ムチウチの人が着けてるような首の装具)を装着。首を安定させる。
これから基本3ヶ月ぐらいは着けっぱなしとのこと。気になる。

あとは起き上がれるか、支えありで立ち上がれるかなどを確認。問題なし。
体勢を変えるのは、右腰の傷が痛むけど、なんとか起き上がれる。立ち上がるのも同じく右腰が痛むので左に体重を乗せればなんとか。

朝ごはんは普通にお米のご飯とみそ汁と玉子焼きと、と出てきて、手術後でも食欲はあって、ご飯だ!と思ったのもつかの間、一口食べるが、飲み込めない。米粒が二粒もあれば、喉を通らない。

イメージ的には、通常であれば喉が大きく口の開いた袋のようだとすれば、手術後の今は、袋の口がキュッと縛られたような感じ。水も少量でも飲み込みのが辛い。

あと、座る事自体は辛くないけど、座る事でおしっこの管をすごく意識してしまう。なんか膀胱がパンパンな感じに思えてくる。

誰も膀胱パンパンでご飯なんて食べたくないだろう?

そんなこんなで、ご飯は進まず食べれず。でも薬は飲まなきゃいけないので、いつもは4つぐらいならまとめて飲める錠剤を一つ一つしっかりと多めの水で無理やり流し込んで飲み込んだ。小さい錠剤がギリギリ通れるぐらいの幅しか喉が開いてない感覚

横の体勢になると、夜よりは眠れて、少し睡眠も取れたけど、昼飯も同じような理由でほとんど食べられなかった。
昼を過ぎ、問題なさそうという事で一般病棟へ戻る事になり、ベッドに寝かせられ、移動。

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通常病棟

集中治療室を出ると心電図や心拍のコードが取れました。靴下はまだ履いてたけど、血栓予防のフットポンプももういいねと外す。

あと、起き上がれるということをアピールして、おしっこの管も外してもらいました
管を外すのは一瞬。昔、盲腸で手術した時は、もう少し管が長かったような?もう少し時間がかかった記憶。

あれから10年ぐらい経ち、技術の進歩か、看護士さんの腕の違いか。

おしっこの管がないだけで、気分爽快、快適快適。すごく気になるのが取れて良かった。いや、本当に。

でも起き上がれてもトイレに自分で行く事は出来ないので、尿瓶を用意してもらいました。
管をとって一日ぐらいは、おしっこする度にヒリヒリと痛かったけど、自分の意思で放出すること。これがどれだけ幸せなことか!たぶん、改めて実感した大きな幸せの一つです。

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固形物は飲み込めないと判断し、夜ご飯からは流動食に一時的に変えてもらった。
出てきたのは重湯(お粥の上澄みの汁)と具なし薄味の野菜スープ。飲むのもきつかったけど、何とか全部飲んで栄養を補給。

そして、術後1日目の通常病棟の夜。長かった・・・

集中治療室は特別感があったけど、いつもの病室、いつものベッド。

管、コードは減ってたけど、首元のドレーン、点滴は残ってて。夜中起きても歩いて気分転換も出来ず、座っているか、寝ているのみ。

首のカラーが気になって、肩も凝るし、熟睡もできない。

手術前、サンダーボルトを読んでたせいか、見る夢はジオンの傷痍軍人で、病院に運ばれる夢のいろんなバリエーション・・・あんまり明るい夢ではなかった。それでも手術直後の前日の夜よりは眠れたけど。

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術後2日目

朝も流動食にしてもらったけど、前夜よりは断然飲めました。喉が開いてきた感じする。寝て回復したのかな。

昼からはお粥にしてもらい、頑張って飲み込んで食べた。食べれれば回復は早かった気がします。

あと、首のドレーンを外してもらいました。

盲腸の時のお腹のドレーンは期間も長かったせいか、抜く時にこの世の終わりぐらいの激痛(内臓全部管と一緒に引っ張り出されるかと思ったぐらい)だったので、身構えていたけど、あっさりと痛みももなく、一瞬で終わり。少子抜けしたぐらいです。

この時には、もう起き上がるのも慣れたもので、歩くのも点滴の棒を転がしながら歩けました

夜も前日より眠れた。カラーは常に気になるけど、これから長い付き合いになるし、ヘッドホンを首にかけてると思う事にしたら、少し気が紛れました。

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術後3日目

普通のご飯に戻してもらう。まだ若干飲み込み辛さはあったものの、食べれなくはない。よく噛めば全然いける。という事でだいぶ回復してきた感。

あと、月曜になったので、リハビリがスタート。と言ってもまずは歩き方の姿勢を見られたり、立ち上がり方、座り方、首に負担をかけない姿勢などを教わり、少し指の動かし方などをするぐらいでしたが。

腰の傷は痛むものの、だいぶ歩けるようになっていたので、自分でも回復を実感できました。

唯一残っていた管の点滴も長時間のものは終了。まだ30分ぐらいの抗生剤の点滴は朝晩とあったものの、ずっと長い管をぶら下げてる生活が終わったのも良かったです。

シャワーも解禁、でも首の傷があるので、首から下、あと腰の傷も避けなくてはいけないので、微妙なところだったけど、一部にしろ、タオルで拭くのとシャワーで流すので結構違うので良かった。頭は洗えないので、水がいらないシャンプーで誤魔化す。それでもそのままよりは100倍マシでした。

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退院まで

それからは腰の傷みと喉も飲み込み辛さは若干あるものの、どちらも我慢出来ないレベルではなく経過は良好。

一番気になるのは、腰の傷よりも取ったところの骨の痛み。ズキズキする。特に雨の日なんかは痛みが増して、疼くという感覚が初めてわかった気がしました。

毎日、リハビリによる首や肩のマッサージや肩甲骨のストレッチ、痺れてた手を使ってた運動などを続ける。あと姿勢はなるべく良い状態を保ったまま。少し歩く事も心がけて、過ごす日々。

2日間に一回ぐらい回診で傷の具合を見てもらい23回採血もあり、結果を見て6日目には抗生剤の点滴も終了。
これで体に付いてる管は全てなくなりました。

術後7日目に、MRIの検査、10日目に手術箇所2箇所の抜糸、抜糸自体は思ったよりは痛くなかったけど、抜糸後の傷がピリピリと半日ぐらい痛く気になりました。

11日目に抜糸後の状態を見て問題なかったので、念願の洗髪!シャワーを体丸ごと浴びれました。生き返ったー。

また11日目にはCTの検査もありました。

その頃になると首も腰も傷口の痛みは一切なく、腰の骨が気になる感じ。でも問題なく歩けるし、カラーを着けてなければ病人と思われないかも。ってぐらい元気でした。

元気だと病院生活が長く感じ飽きてきて、先生に早く帰れるなら早く帰りたいって言ったら術後13日目、予定より少し早めに退院となりました。

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退院前に注意事項をいろいろと言われました。

  • とにかく姿勢を良く長時間同じ姿勢は良くないので、適度に姿勢を変えること。
  • 肩や首の凝りが出てくるので、肩甲骨を動かすストレッチを行うこと。
  • 首に負担がかかることはしないこと。重たいものを持つことも避けること。
  • 頚椎カラーは経過を見て判断するので、それまでは着け続けること。

退院後

退院後、今、一番辛いのはカラーを着けっぱなしってこと。気になる。肩が非常に凝ります。
そして、骨盤の骨の取ったところ。ここはまだ痛みます。3ヶ月ぐらいは気になったりするとか。

手術によって、左手の痺れがどうなったかと言うと、実はまだあります
でも術前よりは軽減はされてます。

圧迫されていた神経がこれから徐々に回復していって、痺れが完全になくなるのか、やはり少し残ってしまうのかは人によって違ったりするらしいので、なんとも言えないですが、これ以上酷くなるって不安はとりあえずなくなったのは良かったです。

そして、痺れが軽減されたことで、少し動かしやすくなったので、またプラモも前のように楽しめてます。

とりあえず、僕は手術して良かったと思ってます。

主治医の先生、病院の看護士さんに感謝です。

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